期間工バイブル

工場・期間工のHTC(派遣 × 転職 × 貯金)パーフェクトConnectガイド。自動車メーカーで働く俺たちの情報バイブル

【実録!】元アイシンaw期間工による他では語られない期間工の秘密!!

2013年11月から2015年4月までの約1年6か月間、私はアイシン・エィ・ダブリュ株式会社の工場で期間工として働いていました。

どうして私は期間工として働こうと思ったのか、その経緯から入社試験の内容、普段どのような仕事をしていたのか、そして期間工として働き終えて思うことなど書き記していきます。

工場と聞いて汗臭いというイメージしかないかもしれませんが、この体験談を読んで、少しでも期間工という仕事に興味を持っていただければと思います。

 

1、【実は…】アイシンaw期間工を選らんだ理由は○○?!

高校、大学を卒業し、一般企業の営業を経て期間工になった私が、どうしてその職種を選ぶことになったのか。

友人からも聞かれることが多かったですし、職場の同僚からも同じ質問を受けることは少なくありませんでした。

そこでまずは、期間工になるまでの経緯を簡単にお話していきましょう。

大学卒業後は大手企業ばかりに固執

地方私立大学を卒業した私が、まず就職したのは大手食品グループ会社でした。

そこに決めた理由を敢えて答えるのであれば、「内定が出たから」。

非常に単純で、今振り返ってみると安易な考え方でした。

それでも親会社は誰もが耳にしたことのある企業ということで、ほとんど毎日が定時で帰宅ができる夢のような会社。

そんなところにも惹かれたのかもしれません。

しかしながら、そこを僅か3か月で退職します。

その後、必死に転職活動を続け、入社したのが大手広告代理店です。

入れ替わりが激しく、向上心の塊のような雰囲気の会社。

平日に夜中まで飲みにいくのは当たり前、最初は戸惑いも隠せませんでしたが、徐々に慣れていきます。

それでも仕事は厳しく、100%飛び込み営業で客先では怒鳴られ、名刺を目の前で捨てられるのは当たり前、帰社したら事務処理、翌日の準備などで、帰宅できるのが終電間際なんて珍しくありませんでした。

結局、その会社も1年半で退職してしまいます。

3か月のニート生活を終え、アイシンaw期間工の道へ

広告代理店を退職した私は、まるで抜け殻のような状態に陥っていました。

それでも毎月の家賃、大学卒業後に無理やり購入した新車のローンなど、生活していくためにはお金が必要です。

しかしながら、この時になると、「企業で雇われるのはもうウンザリ」と考え始めるようになりました。

そこで、何か効率的に稼げる方法はないかと模索し続けますが、そんな甘い考え方でお金が集まってくるはずもなく、結局は派遣のバイトを最低限こなして、残りは貯金で賄う日々を過ごしていました。

そんな生活がいつまでも続くはずなく、3か月近くニートのような生活を送った挙句、貯金が底をつきそうになります。

「そろそろ働かなくては」そんなこと頭では理解していましたが、どうしても転職活動をする気になれません。

そんなことを考えていた時でした。

インターネットの広告で期間工の存在を知ります。

入社の祝金ももらえて、ボーナスが出ない代わりに満了金が出る。

さらには、月収が30万円以上可能なのだから生活していくには、決して困らない条件です。

しかも、安易な考え方ですが、大量採用で入社は即日という文字を見る限り、入社試験も簡単なのだろう。

とにかくお金が必要だということで、早速応募してみることにしました。

 

2、【鉄板の質問!?】まさか…事故歴までも!?

期間工と言っても、アルバイトとはまったく違います。

製造しているモノは違えど、どこも世界的に名のある企業ばかりです。

ニーズがあるからこそ、必ず毎週のようにどこかで期間工の採用試験が行われているのですが、どのような内容なのか気になっている人もいるはずです。

ここでは、私が経験した期間工になるための試験が一体どのようなものなのか事実に基づいてお話していきます。

入社試験前日?!ホテルに集合??

期間工の募集というのは、ほとんどの場合、直接その企業が行っているものではありません。

大抵は期間工を専門とする派遣会社が募集を担っており、そこから直接雇用となります。

中には派遣社員の方もいて、少しだけ条件が違うようです。

期間工と派遣社員どちらが良いの?と疑問に感じる人もいるかもしれませんが、大きな違いはないため、どちらを選んでも損はないと思います。

ちなみに、私は派遣会社から応募をして、アイシン・エィ・ダブリュ株式会社の本社で直接雇用として働いていました。

全国的にも有名な製造系の求人に強みを持つ派遣会社に応募すると、早速直近の日程で入社試験が行われるということで、履歴書や顔写真を用意しました。

すると、同時にこんなこともメールで書かれていたのです。

「入社試験前日の〇月〇日に〇〇ホテルまでお越しください」

疑問に感じ、電話で問い合わせてみると、履歴書の書き方指導、面接の練習、健康診断を行うためということでした。

高待遇とはまさにこのことと、感心しながら当日指定された場所に行きました。

到着すると、20代から40代くらいの人が20名ほど集まっていたでしょうか、話を聞いてみると私以外が県外出身者でした。

軽く担当の方からの挨拶があり、早速履歴書の添削や面接の練習が行われました。

その後は、必要な人だけ健康診断を受けるために、近くの病院まで行くという流れで、その日は終わりました。

期間工の入社試験当日【面接時間はたったの1分?!】

翌日、朝食を終えると、荷物をまとめてバスに乗り込み、本社工場近くの駐車場でバスが止まりました。

周りを見渡すと他の派遣会社らしきバスが、他にも何台か止まっていました。

服装は自由とのことで、全員が私服です。

その後は、本社工場内に建てられているビルの中に集合し、採用担当者から説明や注意事項などの話を聞いた後は、人数が多すぎるという理由から、先に筆記試験を行うグループと面接を行うグループとで分けられました。

人数として100名近くはいたような気がします。

 私は先に筆記試験を行いました。

筆記試験と言っても、高校や大学入試などの難しいものではありません。

一般常識、しかも中学生くらいまでに習う、漢字の読み書き、小学校低学年レベルの計算問題のみでした。

これに関しては本当かどうか分かりませんが、ほぼ白紙で提出しても合格できたという強者にも出会ったことがあります。

 その後は、面接です。

グループが分けられたからとは言え、相当な人数が採用試験に挑んでいます。

筆記試験が終了して1時間以上が経過した頃に、ようやく私の名前が呼ばれました。

形式は1対3の個人面接。人によって時間はバラバラです。

ちなみに派遣会社の人から言われた面接時に聞かれやすい質問が以下の通りです。

  • 志望動機(この会社を選んだ理由)
  • 自身の得意・不得意に関して
  • 持病や、過去に大病の経験はあるか
  • (車の免許を所持している場合)事故歴はあるか

特に、車関連の製造をしているということもあり、最後の事故歴に関しては絶対に聞かれるということでしたが、本当に聞かれました。

ここで事故歴があると答えても、採用に響くことはありませんが、正直に答えることがポイントです。

その他に関しては、当たり障りのない回答をすれば、問題ないとのことです。

私の面接は1分足らずで終了しました。

質問されたことは1つだけ。

「大丈夫?大丈夫だよね。」

私はそれに対して「はい、大丈夫です」と答えただけで、面接は終わってしまったのです。

長い時間面接をしていた人たちも、最後の方にはバテてしまった結果なのかもしれません。

すべての人の採用試験が終了し、広間に集められた私たちは最初に数名の名前が呼ばれました。

「もしかして1人ずつ名前を呼んで、呼ばれなかったら不合格?」そんなことを思っていたら、呼ばれた人たちが不合格とのことでした。

どのような人が不採用になるのかは分かりませんが、1人だけ例を挙げると、前日一緒に健康診断を受けた40代の地方出身の男性。

普段は眼鏡をかけているのにも関わらず、自宅に眼鏡を忘れてきてしまい、裸眼で視力検査を受けたそうです。

その後、本気で派遣社員から怒られていました。

 

3、【安全第一?!】アイシンaw期間工として働いて気づいたアイシンの特徴!

呆気なく、アイシン・エィ・ダブリュ株式会社の工場で働くことになった私は、その後、退職するまで1年6か月もの間、期間工社員として過ごしていくことになります。

ここでは入社してから、辞めるまでの仕事内容などを実体験に基づき、お話していきます。

働いてみないと分からない、リアルな実情に関してもご紹介します。

期間工になって1週間!最大の敵は○○??

アイシン・エィ・ダブリュ株式会社には愛知県内に5つの工場が点在しています。

配属が決まるのは入社試験日当日。

入寮が必要な人はその日中に寮への引っ越しを済ませる必要があるため、合格が決まった人へ配属先が言い渡されます。

ちなみに、面接日は毎週金曜日、翌週の月曜日から働くこととなります。

入社して最初の1週間は、各工場で他の会社と同じようにオリエンテーションが行われます。

昼勤・夜勤と2交替制ですが、最初の1週間に関しては昼勤の時間帯で行われ、残業もありません

最初にある程度の工場見学を行うのですが、工場の中に入ると、当たり前ですが、油の臭いが強く、慣れるまでに最低でも1週間は要します。

オリエンテーションで行われることは、この工場で何を作っていて、どのような仕事があるのかなど、基本的な内容です。

ここに関しては正直、部署に配属されてからは、ほとんど関係のない話なので、真剣に聞く必要はありませんが、重要なのがこの先です。

1週間で徹底的に安全に対する教育を受けることになります。

これに対する意識が低いと、部署に配属されても仕事を与えてもらえませんし、何よりも自分がケガすることになります。

工場で働くということは、常にケガと隣り合わせだという考えを持っておくことが重要です。

部署に配属され、昼勤からの始まり

1週間のオリエンテーションが終了し、金曜日の午後には部署配属が決定しました。

翌週の月曜日から正式にその部署で働くことになるのですが、その日は簡単な挨拶だけで終わり、私は昼勤始まりということでした。

アイシン・エィ・ダブリュ株式会社の工場は基本的には2直2交替制(8:25~17:20 / 21:55~翌6:50)です。

中には3組2交替8:25~19:00 / 21:55~翌8:30、昼勤務のみ(8:25~17:20)という部署もありますが、私が配属された部署は2直2交替制でした。

夜中に働きたくないという人には昼勤務のみは最適かもしれませんが、稼ぐことを目的としている人にとっては最悪の労働環境です。

【エレカ?!】物流班に所属した期間工

さて、私が働いていた部署がどのような仕事をしているのか。

まずは、工場内で行われている仕事をざっくりを紹介していきましょう。

まず、期間工の仕事と聞いて思い浮かべるのがラインです。

アイシン・エィ・ダブリュ株式会社では、トヨタだけでなくさまざまなメーカーの部品が製造されているため、ラインを担当している部署だけでも数多く存在します。

そしてライン以外の仕事も当然あります。

ライン作業で使う部品を「エレカ」という運搬車で運んできます。

その部品が集約されている部署が私が所属していた物流部門です。

期間工の主な仕事は、トラックで配送されてきた部品を決められた棚に格納していきます。

部品にはそれぞれ品番が付けられていて、それと合致する棚へと格納していきます。

倉庫などで行われるピッキングと逆のことを行っていると思えば分かりやすいかもしれません。

たったそれだけ?と感じるかもしれませんが、1日に何千という部品が納品されてきてそれらを時間内に処理する必要があります。

私は、まず比較的物流量が少ないラインの部品管理を任されました。

 そうは言っても最初は一人で行うのではなく、その仕事を担当していた期間工もしくは、部署の社員が教えてくれます。

私の場合は、長崎県出身で40代の人が付いてくれました。

最初は誰が付いてくれるかでも、全然違います。

特に夜勤に関しては、どれだけ日中に寝ていても眠くなってしまいます。

中には黙々と作業をするだけで、仕事以外のことは一切話さないという人もいますが、こういった人と一緒に仕事をするのは正直苦痛です。

仕事を覚えるために、最初の1か月くらいは苦労しますが、それ以降は正直楽です。

この理由は恐らくどこの部署でも同じですが、毎日が同じことの繰り返しだから。

工場内にある部品は大量にあっても、使うものは決まったものばかりです。

あとはそれらをどれだけ早く覚えることができるかが重要です。

タクト(製造するスピード)が速ければ物流量も増えますが、そんなに気負うことでもありません。

【残業の取り合い!】期間工の仁義なき戦い 

突然ですが、ここで質問です。

残業は好きですか?この質問に対して「YES」と回答する人はほとんどいないでしょう。

しかしながら、期間工に限っては違います。

ほとんどの期間工が残業をやりたがります

何故なら大抵の人は、お金稼ぎのために期間工として働いているからです。

もうひとつの理由。残業がないと、まともな月収にならないから。

かつて私が見た求人広告での「月収30万円可能」は残業ありきの話です。月に一定の残業を行っていないと、そんな収入は夢のまた夢。

しかしながら、残業を行うためには、まず仕事を覚えなければ意味がありません。

期間工になって最初の1か月はほとんど残業がないと思った方が良いでしょう。

また、会社全体の経営の状況にもよりけりです。

アイシン・エィ・ダブリュ株式会社の場合は、車関係の部品ですので、取引会社が新車を発表したら忙しくなりますし、それが落ち着いたら逆に暇になります。

また、工場のほとんどは機械で動いています。

その機械が途中で止まってしまった場合、その遅れを取り戻すために、残業時間が増える嬉しい特典が生まれます。

【期間工の意見も聞き入れてくれる?!】安全を常に意識し怪我を防止!!

オリエンテーションのところでも出てきましたが、工場内は何よりも安全第一です。

これが守ることができないのであれば、社内の人間から目を付けられてしまいます。

どれだけ小さな事故でも朝礼では発表されますし、どこの部署で何をしたかなんて噂は一気に広まります。

最悪の場合、契約更新はしてもらえません。

各企業にはそれぞれ独自のルールが設けられています。

アイシン・エィ・ダブリュ株式会社の場合のルールのほとんどは安全に関するものです。

最初は「ダサい」「面倒くさい」そんなことを思うかもしれません。それでも順守せずにケガをするよりかはマシです。

そして、定期的に部署内で安全に関する話し合いが設けられます

期間工、社員に関係なく意見を出し合わなければいけないため、少し面倒だと感じることがあるかもしれませんが、これは個々の安全に対する意識の確認の場でもあるので、真面目に取り組みましょう。

このように安全、安全、安全と少し言い過ぎなのでは?と思うくらい徹底されている工場内。

しかしながら、これはマイナスなことばかりではありません。

安全に直結するものであれば、職場は誰の意見でも聞き入れてくれ、実際にそれらを改善してくれます

このことからも分かりように、働いてしまえば、ほとんど同等の扱われ方をされますので、居心地の悪さはありません。

【九州人尽くし!!】部署内の人間関係!

期間工は6か月ごとの更新で、特に問題ないと判断されれば最長で4年11か月働くことができます。

その間、余程のことがなければ部署の移動はありません。

そうは言うものの、他の部署で扱いきれないからという理由で他の部署から移動してきた人たちは数名いましたが。

いろいろな種類の人間が働いています。正社員も含めると、年齢は10代から60代までで、出身地もバラバラです。

期間工の人は九州出身の方が多かったです。職人のような近寄り難い人はいませんが、面倒臭い人はいます。

避けるのか、敢えて仲良くなるのかは自由ですが、一緒に働いている仲間ですので、敵対関係を作ると面倒なことになります。

 そして、私が一番面倒だなと感じたのは、期間工を仕切る期間工です。

基本的に働いている期間が長い、比較的年配の方が仕切りたがります。

その理由は定かではありませんが、恐らく正社員になるための推薦を貰うためだと勝手に予想していました。

部署には、工長・職長・班長…といった順に役職が設けられている人が存在します。

基本的に期間工が工長と何かやり取りをすることはありませんが、職長や班長あたりは押さえておいた方が良いかもしれません。

ちなみにその上にはGMや部次長が存在しますが、話したどころか、会ったことさえもありません。

【狭き門?!】アイシン期間工の正社員登用の難しさ…

先程も少し触れましたが、正社員の登用に関して。

世界的な有名な企業で正社員になれるなんて、人生勝ち組と思う人もいるかもしれません。

確かにラッキーですが、合格率が低いのも明らかです。

そのために、部署内の推薦をもらうために上司へ必死に媚びを売ろうとする人がいますが、あまり意味がないので止めておきましょう。

私は正社員になろうとは思わなかったので、実態は詳しく把握していませんが、毎回受験していた同僚から聞いた話によると、試験内容に関しては、筆記と面接です。

まず筆記で国語と算数などが出題され、それに合格すると面接に移りますが、ほとんどの人が筆記試験で落ちてしまうようです。

 ただし、この筆記試験の評価割合は意外にも低く、単純に面接まで進む人数を減らすために行っているだけのようです。

先ほど、上司に媚びても意味はないと書きましたが、確かに勤務態度は評価の対象になるものの、普通に働いていれば問題はありません。

問題は面接です。

これに対する比重が大きく、面接まで進むと部署内の社員が対策を手伝ってくれることもあります。

筆記で受かっても面接で落ちてしまうという人は多いようですが、半年に1度試験を受けることができますので、何度か受けていれば合格するかもしれません。

 

4、アイシン期間工を満了して感じること

期間工として働いていた頃から2年以上が経過しました。

昼勤・夜勤と2交替制は体調を整えるのにも苦労しましたが、何だかんだ言って、楽しかったなというのが本音です。

私の場合は、お金を貯めることだけが目的でしたので、最初から1年6か月で退職するつもりで働き始めました。

有り難いことに途中で、上司から社員への要請も受けましたが、結局は正社員登用試験を受けずに退職しました。

正直、大学を卒業してまで工場で働くなんて…と鼻で笑う人もいるかもしれません。

確かに私の経歴を見れば、「大丈夫かな?」と心配されることは当然だと思います。

 でも、期間工として働いた1年6か月は決して無駄ではなかったように感じます。

それまで滅茶苦茶だった生活環境も整えることができましたし、当初の目的であったお金を貯めることもしっかりと達成できました。

働いている期間中、世界の自動車を支えているんだ!

という感覚はありませんでしたが、工場内でさまざまな考えの人に出会い、話をすることで自分を見つめ直す良い期間になったのではないかと思っています。

 

5、期間工を終えた今考える将来について

期間工として働いた後、そろそろ定職に就かなければと考えた私は、その後転職活動を経て、再び営業の道へと進みます。

今度は医療機器の代理店です。

これで4社目でしたので、これ以上はないと身を引き締めて働き始めました。

そしてありがたいことに、1年目からプロジェクトメンバーに選ばれ、取引先のメーカーへと出向することに…

しかしながらそこでも問題が発生してしまいます。

【急変?!】病いの発覚で会社を退社…

転職を果たして、メーカーで勤務をしてから3か月が経過した頃、突然、私の身体に病が襲い掛かります。

これまでに経験したことがないような目まいに襲われ、病院に行くと、結果は難病と言われるものでした。

その後も薬で誤魔化しながら、仕事を続けていましたが、平日・土日に関係なく病魔に襲われ、いつの日からか自分の健康状態が何なのかまで、分からない状態にまで陥りました。

 結局、転職を果たしてから1年6か月後、ドクターストップにより、退職します。

正直、退職する前の3か月間は体調が良い日がなく、吐き気に襲われる日々が続いていました。

会社からも時短や自委託勤務など、さまざまな提案を頂きましたが、具体的なものではなく、給料のことなどを考えると、退職する方が得策でした。

この道を歩む!!【ライターとして生活する道へ】

病気が理由で仕事を辞めた人間を雇ってくれる会社なんて、中々見つかるものではありません。

また、医者から言われたことは治すためには安静にしておくことだとのことでした。

しかしながら、前職の途中で結婚していますし、生活していくためには働かないわけにはいきません。

そこで、自分には何ができるのだろうと考え、ライターの道を選択しました。

元々、なりたい職業ではありましたが、なるためにどうすれば良いのか皆目見当がつかず、半ば諦めていましたが、良い機会だと思って、奮闘し続ける毎日です。

PAGE TOP